「コミュニケーションでは『文のくくり方』で現実が変わってしまう」
これが、コミュニケーションの第三公理だ。
具体的にはどういうことか?
「夫婦喧嘩」の例で見てみる。
夫「お前が小言を言うから、引っ込むんだ」
妻「あなたが引っ込むから、小言を言うんでしょ」
相互のコミュニケーションの中で、
このように際限なく続くものがある。
「そっちが先に○○をした」
「だから××になった」
「いいえ、そっちが先に××をした」
「だから○○になった」
このように、コミュニケーションのどこからどこまでで「句読点」を打つかで、
現実が変わってしまう。
夫から見れば、「妻が小言を言うので、引っ込む」というように現実をくくっている。
妻の方は、「夫が引っ込むので、小言を言わざるをえない」というように現実をくくっている。
コミュニケーションの中では「文のくくり方」で、意味が変わってしまう。